長野オリンピック会場の現在:記憶と変化の軌跡

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信州

1998年に長野で開催された冬季オリンピックは、数多くの競技施設を県内に残しました。大会から年月が経つにつれて、かつて熱狂の舞台となった会場は大きく姿を変えています。市民スポーツ施設やイベント会場へと再活用された施設もあれば、老朽化などで休止されるものも出てきています。この記事では長野オリンピックの主要会場について、現在の利用状況や変化の経緯をわかりやすく解説します。

長野オリンピック会場の現在の姿

1998年に開催された長野冬季オリンピックは、長野市内外に多彩な競技会場を生み出しました。例えば開会式・閉会式の舞台となった南長野運動公園のスタジアムをはじめ、ホワイトリングやビッグハット、エムウェーブ、スパイラル、飯綱高原などがそれぞれの競技場でした。大会当時の盛り上がりから20年以上が経った今、これら会場は地域住民や選手たちにどのように受け継がれているのでしょうか。ここでは、長野オリンピック直後に描かれた遺産活用の計画や実際の移り変わりについて見ていきます。

オリンピック開催後は「レガシー(遺産)構想」として、各会場のその後の利用方針が検討されました。多くの施設は競技用途だけでなく市民全体のスポーツ拠点や文化イベント会場として再生されることとなりました。一方で一部施設では維持管理費用や需要不足が課題となり、休止や見直しの議論も起こりました。まずは長野オリンピックの概要と当時の計画を振り返り、その上で各会場の現在の活用状況を紐解いていきます。

長野オリンピックの開催概要

長野オリンピックは1998年2月に行われ、日本選手の活躍で金メダルラッシュを生んだ大会でした。長野市以外にも北信地方の白馬村や野沢温泉村などでも競技が実施されました。南長野運動公園(当時は長野運動公園)が開閉会式会場となり、スピードスケートは “エムウェーブ” で、アイスホッケーは “ビッグハット” と “アクアウィング” で、スケート競技は “ホワイトリング” で行われました。ボブスレー・リュージュの「スパイラル」、フリースタイルスキーの「飯綱高原儀」もオリンピックの舞台となり、今も長野の山あいに跡地が残っています。開催当時は大規模な改修・建設が行われ、地元経済や観光振興にも期待が寄せられました。

開催後の運営方針と遺産化計画

大会終了後、長野市や県は各施設の運営方針を決定しました。多くの競技施設を市民利用できる形で残すことが基本方針とされ、再利用へ向けた整備が進められました。例えば屋内競技場は市民体育館や体育館、野球・サッカー場はスポーツパークへと転換され、スポーツ教室や大会開催にも対応することになりました。その一方で、そり競技場(スパイラル)は維持費用の高さから稼働休止や見直し議論が続いています。また選手村の跡地は住宅団地として転用されるなど、公共・民間双方で利活用が検討されました。こうした方針のもと、各会場は“オリンピック遺産”としての役割を担ってきたのです。

主要競技会場の現在と活用例

次に長野市内・周辺にあった主な競技会場を一つずつ見ていきましょう。それぞれがどのような施設に生まれ変わったのか、最新の情報を交えて紹介します。観客席が取り払われて区民運動場になったところ、プロスポーツの会場として活用されるようになったところなど、その変化は施設ごとにさまざまです。

南長野運動公園(長野Uスタジアム/総合球技場)

南長野運動公園にあったオリンピックスタジアム(総合球技場)は、開閉会式の舞台であり大会後は主に野球・サッカー場となりました。現在は名を「長野Uスタジアム」として、サッカーチーム「AC長野パルセイロ」(J3リーグ)や女子チーム「パルセイロ・レディース」のホームスタジアムになっています。また、10月から3月の間は冬季期間につき野球の運用を休止し、春から秋にかけて社会人野球や高校野球の長野大会の会場になるシーズン運用となっています。市民も使用できるグラウンドとなっており、休日には草野球やジュニアサッカーの試合でも利用されています。

スタジアム横にある屋内プール「アクアウィング」は当初アイスホッケー会場(リンクB)として造られた施設ですが、水泳用プールに改装されて市民プールになっています。ただし老朽化対策として2025年から全面改修工事中で、2026年春にリニューアルオープン予定となっています。工事期間は施設が一時閉鎖されますが、完了後は最新設備を備えた総合型プールとして復旧する計画です。

ホワイトリング・アクアウィング(長野市総合体育館)

ホワイトリングはフィギュアスケートなどの会場でしたが、大会後は「長野市真島総合スポーツアリーナ」となりました。体育館やテニスコートを併設した複合運動施設で、大相撲長野場所や国内外のバレーボール大会にも使われています。2019年からはプロバスケットボールBリーグの信州ブレイブウォリアーズがホームアリーナをホワイトリングに移すことが決まり、プロスポーツにも利用されるようになりました。一方ホワイトリングに併設されていたプール棟(旧アクアウィング・アイスホッケーBリンク)は、例年体育スポーツ教室の会場として市民に開放されています。

なお、長野市内の他施設で大規模イベントが行われる際には、ホワイトリング周辺の駐車場がシャトルバスの乗換地点として活用される例もあります。たとえば2015年のサッカー女子日本代表戦では、ファンを運ぶシャトルバスがホワイトリング前から出発しました。こうした運用も含め、ホワイトリング周辺のスポーツ複合施設は現在も市民とスポーツイベントをつなぐ役割を担っています。

ビッグハット(若里多目的スポーツアリーナ)

アイスホッケー会場Aとして使われたビッグハットは、大会後も「長野市若里多目的スポーツアリーナ」として存続しています。かつてのメインアリーナは可動席を備えた多目的ホールに改装され、コンサートやイベント会場としても活用されています。特に冷房・暖房設備を活かし、夏場のコンサートや地元イベント、各種展示会などに適宜利用されてきました。アリーナ席を縮小すると4,000㎡程度の床面積を確保できます。

また、上層階や管理棟にはトレーニングジム、会議室、放送スタジオなどがあり、市民スポーツ活動の拠点としても運営されています。2022年にはステージ高さ可変機能も更新され、音楽ライブの開催にも対応できる体制が整いました。2025年秋には日本を代表するアーティストの全国ツアー公演が予定されるなど、オリンピック会場としての歴史を忘れさせない形で市民利用され続けています。

エムウェーブ(長野市オリンピック記念アリーナ)

エムウェーブはスピードスケート会場でしたが、大会後も「長野市オリンピック記念アリーナ」としてアイススポーツやイベント施設として機能しています。国際規格の広いリンクは世界有数の高速氷質を誇り、現在も国内外のスケート大会やスピードスケート合宿に使われています。たとえば全日本スケート選手権など大規模大会が定期的に開催されるほか、アイスホッケーやフィギュアスケートの競技も行われています。

また、エムウェーブ内にはロビーや研修室があり、長野市が認定するナショナルトレーニングセンター(競技別強化拠点)にも指定されています。県内外のアスリートが合宿利用するほか、市民向けスポーツプログラムも行われており、ナショナルクラスの設備が地域に根差した形で活用されています。周辺には屋外プールや体育館も整備され、総合的なスポーツゾーンとして継続的に運営されています。

スパイラル(長野市ボブスレー・リュージュパーク)

ボブスレー・リュージュ会場であったスパイラルは、長野市が管理する雪上競技用コースとして整備されました。大会当初からアジアでも唯一の施設でしたが、維持費の高さから2018年以降、冬季の氷床生成を休止しています。リュージュやスケルトンはこれまで国際大会も行われましたが、運営用基金枯渇などで現在は国体や国内選手権クラスの催しに限られています。利用者数も伸び悩み、年間数千人規模にとどまる状況です。

最新の取り組みとして、長野市はスパイラルを2026年までナショナルトレーニングセンターに指定し、関係団体とも協議を続けています。地元の保存グループも氷上体験会や草刈り活動で支援してきましたが、来る時期には施設改修が必要です。将来的には国や競技団体との協力による存続策も検討されていますが、現時点ではスパイラルは「利用者は限定的・維持費は高額」という難題を抱えた状態です。

飯綱高原スキー場(フリースタイル競技会場跡)

モーグルとエアリアルを開催した飯綱高原スキー場は、大会後も民間のスキー場として営業しています。現在は「タカイチゲレンデ」「里谷多英モーグルコース」など名前を受け継ぎ、スキーやスノーボードコースとして利用可能です。しかし運営面では課題も残っています。里谷多英選手の金メダルコースは上級者向けだったことから利用者が少なく、2007~08年に一度コースが閉鎖。翌2009年に再開されたものの、経営効率を理由に2018年には市から民間譲渡方針が発表されました。譲渡先が見つからない場合は閉鎖も検討される段階となっています。

そのため近年は地元ボランティアや観光協会が大会誘致に力を入れ、県内女子モーグル選手権など小規模大会の開催で活動維持を図っています。周辺リゾートとしては少子高齢化で利用者が減少傾向にあり、設備更新も重い負担です。最新情報では運営会社が観光振興や再生プランを模索中ですが、2000年代の一大スキー場の景観は今も残りつつ、将来への道筋を模索している状況です。

白馬ジャンプ競技場

白馬村にあるジャンプ競技場は、長野オリンピックでノーマルヒル・ラージヒルを実施しました。大会後も現在に至るまでジャンプ大会や合宿で利用されています。施設は公営で管理され、国内外の選手強化拠点の一つとして機能中です。背景のアルプス風景と共に観光資源ともなっており、夏はノルディックスキージャンプ大会、冬は合宿でスキー専用マットによる練習に開放されています。周辺には大型ジャンプ台「シャンツェ」も整備されており、長野オリンピック当時の設備が地域スポーツ活動に貢献し続けています。

野沢温泉スキー場(クロスカントリーコース)

クロスカントリースキーの会場だった野沢温泉スキー場は、現在も冬季スポーツの拠点になっています。オリンピック後に整備された13kmのコースは、国際大会誘致やスポーツ合宿に利用されてきました。実際、スキー連盟の全国大会などが定期的に開催され、地域の観光とも連携したイベントが行われています。また、野沢温泉村はリゾート地として賑わっており、温泉観光と組み合わせてクロカン大会に参加するプランなども人気です。幅広い世代が利用できる環境にあり、オリンピック時代の雰囲気が地元文化として引き継がれている一例といえます。

旧選手村・今井ニュータウンの現在

長野オリンピック当時の選手村は、大会後「今井ニュータウン」として再生されました。総戸数1,032戸の団地は環境と福祉を重視した計画で、既存の農業用水路を活用した緑あふれる街並みが特徴です。現代では公務員や教職員向けの公営住宅から、一般民間分譲、企業社宅まで多様な住宅が混在し、住民は学生から高齢者まで幅広い層が暮らしています。市営住宅部門は例年ほぼ満室という高い人気で、地域コミュニティが活発に形成されています。

施設は3階建て前後で耐震化済み、子育て支援施設や公園も整備されており、宅地内では健康サポートも充実しています。宅地開発には自然との調和が掲げられ、水路沿いの遊歩道や遊具は住民の憩いの場です。住民による町内会活動も盛んで、夏祭りやマラソン大会など地域交流イベントが定期的に行われているのも特徴です。こうした形で旧選手村は単なる住宅地以上のコミュニティとして根付いており、オリンピック開催都市としての遺産が住民生活に溶け込んでいます。

長野オリンピックの遺産と地域への影響

長野オリンピックの会場は、建物や施設だけでなく地域社会にも長期的なレガシーを残しました。スポーツ施設としての活用を通し、市民の健康づくりやジュニア育成に寄与する側面もあります。例えばエムウェーブやビッグハットは地元アイスホッケーチームやスケート教室の拠点となり、ホワイトリングでは柔道・剣道・バレーなどさまざまな種目が実施されています。こうしたインフラは、長野市だけでなく周辺地域のスポーツ振興にも役立っています。

一方、観光資源としても注目されています。「オリンピックスタジアム跡」や「白馬ジャンプ台見学ツアー」など大会当時の遺構・レガシー施設を案内するツアーが企画されることもあります。また地元経済では、大会開催をきっかけに整備されたインフラや宿泊施設を活用し、地域振興イベントや国体開催などで交流を続けています。今後は老朽化への対応や跡地活用が課題となりますが、長野オリンピックが地域に与えたプラスの影響は確実に残っており、スポーツ・文化活動を通じて発展を支えています。

このように各会場は形を変えつつも長野の街に息づいています。オリンピックで得た注目は薄れつつも、最新の情報では施設の改修・更新計画が進むなど、新たな発展の動きもあります。今後も長野市や関係団体による支援・再生策を通じ、地域のニーズに合わせて持続可能な形で活用が模索されていくでしょう。

まとめ

長野オリンピックの会場は、その後20年以上を経ても様々な形で地域に受け継がれています。旧来の競技目的だけではなく、サッカーや野球など市民スポーツ、コンサートやプロチームの会場として多目的に活用されている施設が多いのが特徴です。選手村跡地の今井ニュータウンも住宅地として活気あるコミュニティを形成し、長野オリンピックが残した街づくりの理念を現代に伝えています。近年では設備の老朽化に対応した改修計画も進み、長野市は関係機関と連携しながらそれぞれの会場の存続・活用を図っています。今後も最新情報を押さえながら、長野オリンピックの遺産がどのように生かされるか注目されます。

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